トップへ ログトップへ




2005年3月24日 古都を覆う暗雲(トラベルプロローグ)

暇なので京都に行った。

ある日の深夜「あーあ、暇だな。京都に行こう」と思いついたので行くことにした。コンビニ感覚。現地に友人もいるので案内をしてもらうために彼に電話を掛け、ガイドを頼んだら快諾してくれた。ちなみに時間は午前0時だ。

電話をしてから7時間後の電車に乗り、京都へ行くと決めてから9時間後に僕は京都へ着いた。現地に着くとあいにくの雨だったのでコンビニへ行き傘を買う。

そういえばどこを見たいとかを全く考えていない。コンビニの旅行雑誌をめくると一ページ目には平等院鳳凰堂の写真がバーンと印刷されている。よし、ここへ行こう。コンビニ感覚。

友人と合流し、彼が僕に尋ねる。
彼『それじゃあどこへ行きたいの?』
僕「平等院鳳凰堂が見てみたいな。京都世界遺産の一部だし、後世に語り継ぐべき歴史を肌に感じさせてくれると思うしさ。以前からとても興味があったんだ」
多少のウソは生きていくためには仕方がない。

彼『ふーん。で、平等院ってどこにあるの、何駅?』

こんなに頼りがいのあるガイドと共に、僕の旅行が幕を開けた。次回テキストからは、未知なる土地での事件と謎、友情の絆、現地で芽生える小さな恋、そして悲しき別れを綴っていこうと思う。

多少のウソは生きていくためには仕方がない。

彼とコンビニへ行き、平等院への行き方を雑誌で調べたのだが、それよりも彼にはまず『ガイド』という意味を辞書で調べてもらいたかった。これなら一人と変わらない。



2005年3月25日 2時間(トラベルエピソード1)

衝撃の京都旅行。

僕は京都にたどり着き、友人と共に平等院へ向かうことにした。

平等院鳳凰堂へのアクセスも調べ、JR奈良線に乗り込む。そして宇治駅に着いた。15分程歩くとそれらしい場所が見えてくる。どうやらここが平等院の入り口らしい。 ウキウキ気分で拝観受付へ行くと、戦慄の張り紙が僕らを襲う。ま・・・まさかそんな・・・。

『拝観料:大人600円』

財布の中をチラチラ見つつ、唇を噛み、こぶしを握り締め600円を取り出す。く・・・国宝だ、仕方がない。

中に入ると僕の目に、まるで獲物を見つけて襲いかかる怪鳥のように、鳳凰堂の姿が飛び込んできた。せっかく襲ったのに獲物が僕みたいな人間だから鳳凰堂もがっかりしたかもしれない。

度重なる戦火と災害を奇跡的に免れた鳳凰堂。平安貴族の建物、仏像、壁画、庭園まで含めて残存するという稀有な寺院である平等院。これらが現実に僕の目の前にある。子孫達に語り継ぐべき歴史、残していくべき文化、すべてがここにある。

友人『鳳凰堂か・・・10円だな』
僕 「・・・だな」

ちなみにさっきのうんちくは帰ってきてからネットで調べたものなので、あなたもすぐ知ったかぶりができます。レッツ知ったか!(うんちくはwikipedia参照)

十人並みな感想を呟き、お土産コーナーを覗く。そこには雲中供養菩薩像なる仏像が一枚一枚印刷されたトランプが売っていた。すげぇ。仏像のトランプって、いいのか?

トランプに後ろ髪を鷲掴みにされたまま、僕と友人は平等院を後にする。
彼『次はどこに行く?』
僕「どこでもいいよ。面白いところに連れて行ってくれ」
彼『じゃあ道頓堀でも見る?』
僕「うん」

京都旅行編は今回をもって終了です。次回は大阪奮闘記。

結局京都は2時間しかいなかったうえに半分は移動時間。「旅行は時間ではなく質だ」とかかっこよく言いたいんですが、質もたいしたこと無いのでもう謝るくらいしか僕にはできません。ごめんなさい。



2005年3月26日 変わらない味(トラベルエピソード2)

電車にガタゴトと揺られること数十分。僕等は大阪に到着した。

突然だが、電車が揺れる音であるガタンゴトンというのは、レールのジョイント部分を通ったときに鳴る音であり、日本の鉄道はだいたい25mレールを採用している。これを定尺レールという。

もしあなたが目隠しをされて、電車で移動させられるようなことになった場合には、電車のガタンゴトンという音を数えることでおよそ何キロ程度自分が移動しているのかがわかる。一回のガタンで25mなのだ。これはスパイなんかが実際に使ったテクニックということを本で読んだことがある。あなたもレッツ007。

雑学披露はこの辺にして、話を本題に戻す。

大阪に着くと友人が「道頓堀は後から行くとして、まず通天閣でも見るか」ということで地下鉄に乗り、恵美須町駅へと向かった。この辺の細かい駅名とかは完全に忘れていたので、またネットで調べた。ネット便利。

恵美須町駅を出て徒歩数分。通天閣が見えた。
僕「はー、あれが通天閣か。へー。お腹空いたからなにか食べようぜ」

感動もそこそこに、通天閣の真下にある名も忘れたたこ焼き屋で大阪名物たこ焼きを食べる。うん、どこで食べてもたこ焼きはうまい。ちなみに大阪名物ツートップの相方「お好み焼き」に関しては、友人曰く「別にどこで食べてもお好み焼きなんだから大差ない」という的確なアドバイスを受けていたので食べていない。頼りがいのあるガイドだ。たこ焼きも大差なかったことだし、この発言は事実であろう。

電気街として有名な日本橋をぶらぶらして、難波をうろつき、目的の道頓堀を目指す。

道頓堀周辺を歩くと、あの有名なカニ道楽の看板が見えてきた。しかし少しおかしい。テレビなどで見るあのデカイカニは「死にたくないヨ」ともがくように足をバタバタさせているのに、今僕の目の間にあるこのカニは動いていない。ついに食べられることを悟り決心を固めたのだろうか。

友人『あ、これパチ物だった。動かないやつだ』

彼のガイドテクニックとじらしテクに酔いしれたところで、次回、怒涛の道頓堀編だ。どとうのどうとんぼり・・・。どとう・・・どうとん・・・苦しすぎた。



2005年3月27日 カーネルがバースの代わり(トラベルエピソード3)

道頓堀に着いたら橋が工事中だった。

いつまで続くのか、このぐだぐだ旅行記。
もういっそ旅行記が全部終わってからまとめて読んでいただくのもよろしいかと思います。

正式には道頓堀川戎橋というらしいが、あの道頓堀川ダイブで有名な橋に到着すると工事中。臨時の橋みたいなのが小さく架かっているだけだった。雨も相変わらず降り続いているし、ことごとくタイミングが悪い。どうやら天も僕のささやかな旅行をぐだぐだにしたいらしい。

その橋から見えるグリコの看板はもちろん見た。うーん、デカイ。
陽気なおっさんである食い倒れ人形も見た。うーん、ショボイ。
じたばたと生にすがりつきもがくカニ道楽の看板も見た。うーん、料理されるのは辛いだろうけどお前は看板で食べられないから安心したらいいのに。

比較的有名どころを見たので行き先がなくなってしまった。さてどうするか。

友人『それじゃあ五条大橋でも見るか。牛若丸と弁慶が戦ったっていう橋』
僕 「それは見たい。どこにあるの?」
友人『京都』

この段取りの悪さたるやもはや味。いやそもそも段取りなんて存在していないか。
そして僕らはまた電車にガタゴトと揺られ、京都の街への凱旋を果たす。

次回まさかの再京都編。
あなたはこの衝撃の展開(ぐだぐだすぎる旅行記)に耐えられるか!



2005年3月28日 京都名物(トラベルエピソード4)

僕と友人は五条大橋を見るために京都に舞い戻ってきた。

1000本目の武器を手に入れるため、牛若丸に戦いを挑む弁慶。豪傑を誇る弁慶だがヒラリヒラリと華麗に舞う牛若丸に負けてしまう。そして家来として忠誠を誓い、平家討伐でも活躍をする武将となる。

これは有名な伝説である。このストーリーは五条大橋を舞台にしたものであり、これが五条大橋が観光地たる由縁であるのだが、しかし実際は「当時の五条には大橋はないんじゃね?」らしい。

はい、これは観光する際には忘れるべき知識です。素直に「へぇここが牛若と弁慶が戦ったところかぁ」と感動すればいいのです。たとえ橋が全部コンクリートでできていようと、車がビュンビュン橋の上を走っていようと、四条大橋と区別がつかなかろうと、そんなことはいいんです。カビラ慈英です。いいーんです。

しかし今回の旅行で一番苦労したのはこの五条大橋探索だ。似たような橋が多いし、橋一つ一つの間隔も結構広くて、歩くのが疲れる。

ガイドを頼んだ友人も「この橋群の中のどれか」とか曖昧にしか知らないので、一つ一つ歩いて橋の名前を見ての作業を強いられた。正直に五条大橋を見た感想を言えば「牛若丸伝説の橋がこれか」という感動よりも「やっと見つけた」という感動の方が強かった。もうどうでもいいーんです。

そんな状況だったので、お腹は空いていたが、体力は限界だったので
友人『そろそろ飯食わない?何食べる』
僕 「・・・そこのマクドナルドでいいんじゃない」
友人『だよな』
満場一致で可決された。ここには野党も派閥争いもない。

そして僕らは京都名物チーズバーガーを頬張る。いやぁ安くて早くて美味くて最高だね京都名物マクドナルドは。さすが京都。さすが・・・京都。

次回感動の最終回。
ハンカチ片手でなければ読めない(やっと終わるという歓喜の涙)



2005年3月29日 プライスレス(トラベルエピローグ)

当たり前のように泊まるところなんて決まっていない。
長々続いた旅行記も今回で最終回。

最終電車はまだあるのだが、もう歩きつかれてしかも眠くて、帰るのがめんどうくさくなった。一泊していこうと決めたのだが、もちろんホテルに泊まるお金なんて僕には無い。漫画喫茶か、最悪ファミレスで朝まで過ごそうかと考えると、ふと名案を思いついた。ガイドを頼んだ友人宅に泊まるというのはどうだろう。

僕「泊めてくれ」
彼『ダメ』

半べそをかきながら、もう一人京都近くに住む友人がいるので、そちらに電話を掛けてみた。彼は実家だから無理かなぁ。

僕「今京都にいるから泊めてくれ」
彼『うんいいよ』

素敵即答が帰ってきた。うきうき気分で彼の家への詳しいアクセス法を聞くと

彼『まず京都駅から最寄り駅へ行って、そこからバスに乗って、そしてそこから右に曲がって、直線で・・・』

話を聞いていくにつれて、彼の家に行くのがどんどんめんどうくさくなる。それならいっそファミレスの方が楽なんじゃないかと思ったのだが、彼が『それじゃあ待ってるからな』とか良い声で言ってくれるので言い出し辛く、結局彼の家に行くことにした。安易な発言はするものではない。

半べそをかきながら電車に乗り、四苦八苦しながらようやく彼の家に着く。疲れた。
そして昼まで寝て、僕は帰路に着く。

今回の旅行は僕にとっては初の関西上陸ということでかなり楽しめた。ぐだぐだだったことは事実だが、ガイドをしてくれた友人のおかげもあっていい思い出となった。

ちなみにこの旅行で僕はまったくと言っていいほど物を買わなかったので、関西土産はコンビニで買ったビニール傘ということになってしまった。まぁいいか。モノより思い出だ。

その思い出が「道頓堀が工事中だった」とか「京都でマクドナルドを食べた」とかなので、結局ビニール傘と大差がないような気もするが、その辺は考えたら負けだと思う。

6回にわたり書き綴った今回の旅行記。
京都大阪方面へ旅行を考えている人になにかの参考になればよいと思う。「あら、私もカニ道楽の看板のパチ物が見たいわ」とか「特に歴史的建造物でもない五条大橋を見てみたいな」とかね。

さぁみんなも、レッツトラベル!(うまくまとまった)



トップへ ログトップへ